クリスチャンディオール(Christian Dior)香水

香水ブランド

クリスチャンディオールの香水の歴史、代表作、販売店舗などの情報ページです。

メゾンクリスチャンディオール

クリスチャンディオールの香水は、1940年代当時オートクチュールの世界でニュールックと呼ばれた彼のモードを仕上げる最後の美学として誕生しました。

ディオールの香水を一滴纏えば、ディオールの装いになります。

香水はドレスの最後の仕上げです。

現在は、フランソワ・ドゥマシー率いるMAISON CHRISTIAN DIOR(メゾンクリスチャンディオール)が、ディオールが常に描いていたイメージを自由に表現しています。

クリスチャンディオール年代別香水と調香師

La Collection Privéeは現在名称を変更し【メゾンクリスチャンディオール】として継続しています。

銀座6のdior

メゾンクリスチャンディオールは、ディオールが提唱していた「Art de Vivre(アールドゥヴィーヴォ)」暮らしの芸術を体現すべく、香りが繋ぐライフスタイルを届けています。

以下が、ディオールの代表的な香水とクリエイトした調香師の一覧です。

香水名調香師
MISS DIORミスディオール(1947)Jean Carles(ジャン・カール)とPaul Vacher(ポール・ヴァシェ)
Dioramaディオラマ(1948)
Diorissimoディオリッシモ(1956)
Eau Fraicheオーフレッシュ(1955)
EauSauvageオーソヴァージュ(1966)
Diorellaディオレラ(1972)
Edmond Roudnitska(エドモン・ルドニツカ)
Dioressenceディオレッセンス(1979)Guy Robert(ギ・ロベール)
Poison(1985)Edouard Flechier(エドゥアール・フレシエ)
Fahrenheit(1988)Jean-Louis Sieuzac(ジャン・ルイ・シュザック)
Dune(1991)Jean-Louis SieuzacとNejla BarbirとDominique Ropion
J'adoreジャドール(1999)Calice Becker(カリス・ベッカー)
La Collection Privée
Ambre Nuit(2009)
Cuir Cannage(2014)
Grand Bal(2012)
Fève Délicieuse(2015)
Gris-Montaigne(2013)
La Colle Noire(2016)
Cologne Royale(2010)
Granville(2010)
Leather Oud(2010)
Milly-la-Foret(2010)
Mitzah(2010)
New Look1947(2010)
Patchouli Imperial(2011)
Vetiver(2010)
Oud Ispahan(2012)
Francois Demachy(フランソワ・デュマシー)
La Collection Privée
Bois d'Argent(2004)
Annick Menardo(アニック・メナード)
La Collection Privée
Cologne Blanche(2004)
Eau-Noire(2004)
Francis Kurkdjian(フランシス・クルジャン)

クリスチャンディオール来歴

ブランド主であるクリスチャン・ディオールは、ノルマンディー地方のグランヴィル(以下、クリスチャンディオール博物館参照)に生まれ、

1911年パリに引っ越すまでの6年間を、百花繚乱の美しい花々に囲まれた家で過ごしました。


やがて父のモーリスの事業は成功し、パリの高級住宅街でブルジョワな暮らしをしていましたが、もとより服飾や建築に興味があったクリスチャンは父の事業を継ぐつもりはありませんでした。

ホーリーピオニー

両親たっての希望でパリ政治学院に進学することになりましたが、意に添わぬ道だったため画廊の経営者をその後目指すものの、1929年の株価暴落後、ディオール家は破産。

無一文になったディオールはその後、ロベール・ピゲに見出され、彼のメゾンで働くことになったのです。


第二次世界大戦の影響により、困窮生活をよぎなくされてもディオールの心の片隅には、メゾン設立への想いがあったようです。

ディオールの才能を信じていた実業家ブサックが資金提供をし1946年、

モンテーニュ通りに念願のクリスチャン・ディオールのメゾンを立ち上げたのです。

それから、1957年52歳という若さで亡くなるまで、わずか10年という限られた時間。


天賦の才を持ったクチュリエは、子供時代グランヴィルで育んだ花々の記憶を香水に閉じ込め、エレガントな装いと共に、世界中を魅了しました。

christiandior香水の歴史

クリスチャン・ディオールは幼馴染のセルジュ・エフトラ=ルイシュと共に、パルファンクリスチャンディオールを設立しました。

私は、クチュリエでありパフューマーです。

魅惑的な残り香で女性を飾るのです。

エポックメイキングとなった香水を以下でピックアップします。

実際に入手できた香水もありますので、簡単な感想を書きました。

1947年 ミスディオール

伝説の始まりは、1947年発表の、ミスディオール。

調香は、ダナのタブーを手掛けたジャン・カールと、ランバンのアルページュやルガリオンで多数手がけたポール・バシェの共同作品。


香調はシプレ・グリーン系の香り。香料としては、ガルバナム、ジャスミン、パチュリ、カーネーションなど。

香水の名前は、ディオールのミューズであったMitzah Bricard (ミッツァ・ブリカール)が、ディオールの妹カトリーヌを「ミス ディオール!」と呼んだことがきっかけになっています。


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2010年にメゾンクリスチャンディオールで発売されたスパイシーなアンバー香りのMitzahはこの女性がモチーフとなっています。

ミッツァスカーフも彼女がモチーフです。

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当初、ミスディオールのボトルはニュールックを模したバカラクリスタル製のアンフォラ型ボトルでしたが、後にプリンスオブウェールズの千鳥格子をモチーフにしたボトルに変更されディオールのトレードマークとなりました。

少し甘みのあるグリーンが広がった後、厚みのあるジャスミンのインドール香が徐々に姿を現し、パチュリがカカオを思わせるシックな味付けをしている。

 

ジャスミンが影を潜める頃、カーネーションのリップスティックのような香りがチャーミングに彩る。ラストは癖のあるクリーミーさと、かすかなレザーで消える淑女の香り‥

 

適度に重さと美しい香調の変化があり、歴史に残るクラシックで個性的な香りを楽しめます。

コティ社のLE CHYPRE(1917)を好んでいたディオールがそのイメージに近いものを当初希望していたようで、甘い時だけではなく、ほろ苦さも十分知っている大人の女性の香り。

現行のカワイイピンクのミスディオールとは全く別物の香りです。

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1948年 ディオラマ

二番目の香水は1948年発表のディオラマ。ここから、ロシャスのファムで鮮烈なデビューを飾った巨匠エドモン・ルドニツカの快進撃が始まります。


ディオラマの香調は、フルーティ・スパイシー。香料としてプラム・ピーチなどのフルーツ香、スズランやチュベローズ、ローズ、シベット、カストリウム。


ルドニツカは、ディオラマ以後Diorissimoディオリッシモ(1956) Eau Fraicheオーフレッシュ(1955) EauSauvageオーソヴァージュ(1966)

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Diorellaディオレラ(1972)と70年代まで精力的に名香を作り続けたのです。

1956年 ディオリッシモ

ディオリッシモは、ディオールが亡くなる1年前に完成したルドニツカによる香水です。ディオールの生涯においては最後の香水、思い入れも最も深かったでしょう。

ディオールは、非常に迷信深くゲンを担ぐ男でした。自身の春コレクションの服には幸運を運ぶと信じていたスズランを必ず縫い込んでいたそうです。

ディオリッシモは、ディオールに幸せを運ぶスズランをモチーフに作られた香水で、なんと原料としてスズランは入っていません。


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主香料は、ローズやジャスミン、ライラックなどの花。

それらを巧みに使い、森の中、湿った土、輝く露できらめく緑の中に咲く白く可憐なスズランが描かれたこの香水は、ルドニツカの腕によりディオールのスタイルを見事に表現したのです。

ディオリッシモはつけた瞬間に、スズランが群生する森の中へ心を連れ去ります。

 

一見シンプルな香りに思えるのですが、そこはルドニツカが様々な香りを複雑に組み合わせ、あたかもスズランの香料だけで香っているかのように思わせた天才的な技によるもの。

 

単一のようで果てのない奥行きが感じられるミュゲ香水は優美で洗練された印象を与えます。

 

グランバルと同様にこの香りが体に入ると多幸感が溢れ出る、人生のハイライト的な香りです。


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余談ですが、ディオールの棺には沢山のスズランが入れられたそうです。

ディオールを最後まで守護していたその香りは、今でもその姿を変えて世界中の人に愛されています。

1966年 オーソヴァージュ

ルドニツカが手掛けた香水のなかでもEauSauvageオーソヴァージュは、ディオール初のメンズ香水ということで世代を超えて愛されました。

それまでの清涼感と言えば、柑橘類をミックスしたものが一般的でした。

オーソヴァージュは、カラブリア産のベルガモットとボクリューズ産のラヴェンダーを使ったシプレ調の香水で、関連するメンズコスメも展開され、広く人々に受け入れられました。

2012年、現在メゾンクリスチャンディオールの指揮官であるフランソワ・ドゥマシーがオーソバージュパルファムを発表して、オーソバージュの物語を完結させました。

🇫🇷 “On imagine mal ce que représentent de soins et de soucis la recherche d’un nouveau parfum, l’élaboration d’un…

Musée Christian Diorさんの投稿 2019年8月3日土曜日

世にあまたある、メンズハーバルシトラス系香水の始祖と呼ぶべき香水。トップは落ち着きのあるカラブリア産ベルガモットのスパーク。

 

中ほどバーバー感ありますが、清潔感の中にモスやベチバーなどで鍛え上げられた野性味も感じさせる優れた古典です。

 

後半に少し感じるアロマチックなラベンダーがメンズの香りだなって感じます。個人的にはミドルエイジ向けなクラシックの枠に入れたい。

 


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夏の暑い日に汗をかいても、爽やかに香るのでサッパリとした使い心地を望むならおすすめです。香りはさほど強くないので、気軽につけられます。

1979年 ディオレッセンス

HermèsのカレーシュやGucci NO1を世に送り出したギ・ロベールが1979年にディオールで手掛けた香水が、ディオレッセンス。

ディオール初のアニマルノート・野性的な香りを目指したオリエンタル系香水です。


オリエンタル香水と聞いて、昨今のアンバーやインセンスなどがきいたものを想像してしまいましたが、ちょっと違う低い温度感が文字通りクールな香り。

 

le parfum barbareということでアニマリックさを感じるのはザラつくベチバーやパチョリの仕業か。

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ディオレッセンスのレビューは以下LPTでより詳しく掲載されています、ルドニツカが最高傑作と言って憚らない1972年のディオレラのレビューも掲載されています。

1985年 POISON

80年代に入り、ディオールの香水部門は失速していました。前時代的なイメージを崩そうと、新しいCEOであるモーリス・ロジェは劇薬を持ってその目的を果たします。

 


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香りは心の毒である。

香水に「毒」という刺激的なネーミングを冠したPOISONは、Edouard Flechierにその命運を託されます。

果たして、チュベローズやローズにフルーツやアンバーを盛り込んで官能をボトルに詰め込んだその紫色のボトルは大ヒットして、

米国のレストランでは「No smoking ! No POISON !」と張り紙をするところもあったとの逸話が残っています。

魅惑的すぎるこの香水をつけての入店は、店内の雰囲気を変えてしまうほどのインパクトだったのでしょう。

私はリアルタイムでこの香りを体験していないのですが、今回記事を書くのに当初のESPRIT DE PARFUMを恐る恐る入手しました。

 

まるで熟成された果実酒のような香り。ブラックベリーやラズベリーなどのフルーツ香とダマセノン×チュベローズ・ジャスミンで大輪のバラのような豪華で持続性のある香りを組み合わせています。

 

一度知ったら二度とその脳裏から離れることのない香りです。現代風の香りではないですが、私は病みつきになってしまいました。媚薬のような作用を感じます。常習性があるというか・・毒、の名にふさわしい香水。

 

今、公の場につけていくとなると香り強すぎてハードルが高いですが、自宅にいる時など1点だけつけて、中毒患者のように吸っています(笑)

1988年 ファーレンハイト

Jean-Louis Sieuzac(ジャン・ルイ・シュザック)の作。彼はディオールで3作ほど作っています。

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情熱と冷静のはざまを華氏という言葉にたとえた香水、現行はフランソワデュマシーの再処方です。

私は当時のものを手に入れましたが、残念ながら経年劣化していたので感想は控えます。現行のファーレンハイトはシトラスの爽やかさとバイオレットの落ち着きががレザーの香りを和らげたつけやすいフレグランスだと感じました。癖があまりないというか。

余談ですが、Jean-Louis Sieuzac(ジャン・ルイ・シュザック)はジャン・クチュリエの名香コリアンドルも作っています。

私が購入したコリアンドルはリニューアル後の香りで、独特なグリーン系の香調でした。恐らく当時の香とは多少異なっているだろうと感じました。

1991年 デューン

こちらもファーレンハイトと同じくJean-Louis Sieuzac(ジャン・ルイ・シュザック)とフレデリック・マルで多数の作品を発表しているDominique Ropion、Nejla Barbirとの共作です。

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美しいボトルを初めて見たとき印象的でしたが、リアルタイムではこちらも試していません。当時のものをやはり入手しましたが、とても香りの層が厚く、甘さのあるバルサミックな香りでした。

花の香りよりも前面に出てくるのがアンバーやベンゾイン、サンダルウッド。これらが琥珀色の景色を目の前に描き出します。乾いているのに情熱的な。

フロリエンタルに分類されるこの香り、現代のライトな香りに慣れていると香りの嵐にたじろいでしまいます。持続時間は非常に長く拡散力もかなりのもの。

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DUNEは砂丘の意味ですが、女性を砂丘にたとえているのでしょうか。

と考えていたところ、ドギーさんの記事で、これはディオール自身の故郷である、グランヴィルの海岸に現れる砂原へのオマージュだと知りました。ファーレンハイトの記事もありましたよ必見↓

ディオール デューン
ディオール デューン>>商品の詳細を見るデューン、フランス語で「砂丘」を意味する言葉。このネーミングと、太陽を思わせる金のキャップ、ギラギラと輝くオイル系カラーをコーティングしたボトル。そして、太陽に灼けた砂のような、熱を感じるオレンジの液体色。これらのモチーフから、完璧に、「中近東のバザール~砂漠のラクダの旅~たどり...

その後、現在もフランスでの売り上げTOP3ランキングの常連として名を馳せる、ジャドールが誕生し、メゾンクリスチャンディオールへと香りの旅は続いています。

クリスチャンディオールとは

ディオールが名声を得ることができたのは、戦後から10年の比較的短い時間でした。

彼亡き後も、彼が愛した香りとファッションは彼の名のもとに世界中で歓迎されています。

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ディオールがまだ若いころ、出入りしていたキャバレーBœuf sur le Toitには、小説家であり芸術家でもあったジャン・コクトーがいました。

最後の世界大戦が終了し、その後ファッションと香りで人々を照らし出したDiorという輝かしい存在について、コクトーは次のように語っています。


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『Diorとは、Dieu(神)とOr(黄金)が宿る魔法の名前である。』

香りの魔法は、メゾンクリスチャンディオールに受け継がれています。

メゾンクリスチャンディオール店舗所在地

ディオールの香水は全国の百貨店で現行の香水は購入できますが、メゾンクリスチャンディオールは店舗が限られています。


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GINZA SIX メゾンクリスチャンディオール
所在地 〒106-0041 東京都中央区銀座6丁目10−1 B1F
電話  03-6280-6041
営業時間 10:30~20:30

ディオール パフューム&ビューティ 表参道ブティック
所在地: 〒150-0001 東京都渋谷区12 神宮前4-12-10 表参道ヒルズ本館 1F
電話: 03-6455-4341
営業時間: 11:00~21:00(Sun.~20:00)

関西空港 ディオール パフューム&ビューティ
ターミナル1 3F / セキュリティチェック後(国際線出発エリア)
営業時間 7:00~24:00
電話番号 072-456-6622

メゾンクリスチャンディオール通販リンク

メゾンクリスチャンディオール

maison Christian Dior terra bella

通販でブラインド買いする際に心配なのが、予想した香りと違う場合。ディオールでは公式オンラインブティックで購入した場合に限り、同梱サンプルをまず試して、万が一返品を希望する場合は、購入から30日間に限り、返品を受け付けています

*2019年8月現在情報

記事参考資料:ディオール公式サイト、Christian Dior Museumサイト、ディオール公式パンフレット

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